9月1日号 警備業ヒューマン・インタビュー
後藤公伸さん(宮城警協新会長 日本パトロール警備保障会長)
会員相互の連携、深めたい
都道府県警備業協会の2026年度定時総会で就任した新会長を順次紹介する。
<<宮城県警備業協会の第9代会長に就任されました>>
言葉を選んで話さなければいけないといった自覚があり、何事にも緊張します。会長には決断力が求められますが、ボトムアップで協会運営を進めていきます。
社会保険の未加入問題や警備員の処遇改善などに関する勉強会を協会で開くことを通じて、会員の足並みがそろってきた時期がありましたが、総会を含めて協会行事への参加人数が年々減ってきている印象を持っています。
協会は役員のものではなく、会員皆さまのものです。会員相互の連携を今まで以上に深めるため、業界の健全な発展と社会的信頼の向上のために、会長として取り組んでいきます。教育事業をしっかり行い、警備員の安全確保に努めます。
<<会長就任時のあいさつで「若い人たちに参加していただく場をつくっていきたい」と述べられました。宮城警協青年部はセキュリティジョブサーチ(警備業合同面接会)の実施や災害支援などに取り組んでいます>>
私は青年部の立ち上げに携わりました。他社への引き抜きが起きることへの懸念などから理事会で理解を得るのに時間もかかりましたが、「ただの飲み会の場にしないように、しっかりやって」と励ましていただきました。
青年部は現在、人材確保に取り組んだり、被災地に出向いて他県の青年部と意見交換を行ったりと、積極的に動いています。早く協会の役員になって、運営のリーダーシップをとっていただけることを期待しています。
私は宮城警協の会長になったことで、東北地区警備業協会連合会の会長も務めることとなりました。東北6県の課題は基本的に同じですが、地域性もあると思います。5県の会長と連絡を密に取っていきたいです。
<<警備業界に入ったきっかけは何だったのでしょう>>
私は、携帯型音楽プレイヤーの製造工場で働いていました。資材購買担当をしていて、中国に工場を出す時に「先発隊でどうだ」という話がありました。父親は警備会社(日本パトロール警備保障)を経営していましたが、そのことを聞いて、「もう日本に帰ってこられないのでは」と危機感を持ったのかもしれません。呼び戻されるような形で当社に入りました。警備業のことは24時間365日仕事があり、稼げる仕事だと思っていました。
私は一警備員から始めました。片側交互通行に伴う交通誘導の現場では、私を警察官と勘違いしたのかもしれませんが、Uターンしていく車が多かったことを覚えています。一般の方にはまだ、警備員への認識が薄かった時代でした。
<<入社3年後、2代目として社長に就任しました>>
経営のことでいろいろ意見を出していく中で、父親から「社長をやってみろ」と言われました。社員が結婚して、家族ができて、戸建て住宅が持てるようにしなければいけないという思いを常に持って、会社を経営してきました。
コミュニケーションも大切にしてきました。雑談をすることが社員にとっても、自分にとってもいいことだと思っています。警備の現場を経験したことも雑談に生かされています。
会社の会長となった今は経営から一歩引いています。現在の社長も現場第一で対応していて、承継ができている実感があります。
<<警備業の魅力、課題はどんなところでしょう>>
地域の安全安心に取り組める仕事であること、しっかりと働ける業種であることは自信を持って言えます。
課題はどの県でも同じだと思いますが、人手不足です。給料をもっと上げていかなければなりません。宮城県では、価格を抑えて受注している業者がまた増えてきている実感があります。「こういうことをやって、しっかり雇用ができるのか」と疑問を持っていますし、若い経営者から懸念の声を聞くこともあります。経営者研修会の開催などを通じ、協会一丸となって健全経営の取り組みを進めていかなければなりません。
警備員教育も重要です。検定資格を取得することで自覚や仕事内容が変わってきますので、特別講習をしっかり進めていきます。
警備業の未来は明るいと思っています。AIが進んでも、必ず人の力が必要だからです。
<<休みの日はどのように過ごしていますか>>
クラブ会員になっているゴルフ場での「月例杯」など、ゴルフ競技会に参加しています。緊張感を持ってラウンドするのが楽しいです。思うようなプレーができないことがありますが、そこにもゴルフの面白さがあります。
日本パトロール警備保障 設立:1984(昭和59)年11月 代表取締役社長:後藤直睦 本社:仙台市若林区新寺1-7-21 新寺KSビル2階 業務:1号・2号警備等 社員数:155人


